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自分はあまり、運が悪い人間だとは思っていない。運のせいにすれば大抵の問題はごまかせてしまうからだ。何かイヤなことがあったり、うまくいかなかったりしたときに、「運が悪かった」と思って切り替えるのはポジティブかもしれないが、客観的な判断や原因を見誤ってしまう場合もある。何がダメだったのかを考えないと、次も「運」という、自分ではどうしようもないことに挑まなくてはいけない。「あとは運に任せます」というフレーズもよく聞くが、それは最後の最後まで考え、突き詰め、実行した先にある話であって、ひょっとしたらそれも「最後の最後まで」は、突き詰めてなかったかもしれない。そう考えていくと、運とはいったい何か、という問題にもなってくる。運が良いとか悪いとか、信じるとか信じないとか、そういうものじゃないのではないかとすら思えてくる。

それにしても、だ。

僕は「ごはん屋で、自分の注文だけ来ない」率が異常に高い。注文しても、いっこうに自分のだけ来ず、「●●が来てないんですけど…」と店員さんに言っても、それでも忘れられたりすることはしょっちゅう。厨房のほうをのぞいて、(ああ、完全に洗い物してるなあ…)(楽しそうに雑談してるなあ…)などと何度思ったことか。メインのもの以外でも、付け合わせのパンだとかみそ汁だとかを含めると、月に2〜3度は必ず忘れられている。腹が減っているから、その怒りやストレスは尋常ではない。

入ったことのない店に入るときが一番危険で、3回に1度は「注文が来ない店」とぶち当たる。だから、美味しいとか不味いよりも、「注文通りに来るかどうか」が僕にとっての「良い店」であり、そうすると必然的に「ちゃんと注文通り来る店」か、「僕以外、客がいない店」を選ぶことになり、そんな店、味はどうなの? って話になり、「家から出ないほうがいい」ってことになる。なんということだ。

ただ、自分一人で入るぶんにはまだいいが、編集さんと仕事終わりに「メシでも」的な場合など、他人と一緒のときが困る。相手に迷惑をかけてしまうからだ。

昨年、ブルボン小林さんとライターの門倉紫麻さん、こフイナムでも書いてくれている渡邊さんと、銀座の老舗の洋食屋さんで食事する機会をいただいたときも、やっぱり僕のだけ料理が来ず、気を使わせたくなかったので「あ、いつものことなんです…」と言ったら、余計ミジメな感じに見えたらしく、渡邊さんが「私のを食べててください!」と言って、厨房のほうに駆け出していかれて、申し訳なく思った。

数年前、友人3人が誕生日パーティをしてくれたときも、そもそも僕なんかにパーティをやってくれること自体が嬉しくて舞い上がってしまい、店員さんが来て「そろそろ閉店なので…」と言われてもかまわずベラッベラ喋っていたのだが、友人たちの反応がどんどんソワソワしてくる。うわの空感がハンパない。それで一人がダッシュで厨房に走っていくと、店員さんがあわててローソクの点いたケーキを持ってきた。サプライズすら忘れられていたのだ。もう店内は閉店のため元から照明を落としていて、他のテーブルはぜんぶ椅子を上げた状態で、店員さんが掃除とかしてる中、友人たちが微妙な表情で「ハッピーバースデー」を歌ってくれた。それ以降、みんな気まずそうだった。

だが、人間は環境に適応できる生物のようで、僕自身、もう「頼んでも来ない」ことに慣れてしまっている。1時間くらい来なくてもそんなにストレスを感じなくなったし、店員さんに怒ることもない。モナリザのような微笑みで「レバニラ炒め、来ないのですけど」と言えるようになった。

自分は、運が悪い人間だとは思っていない。

             ※

先週、フイナムの小牟田編集長とMさんの3人で、ヒカリエのカフェで昼飯を食べたとき、食後のコーヒーが二つしか来ず、小牟田さんのだけ来なくて、店員さんに2回言って、ようやくコーヒーが来た。小牟田さんは「あの店員、仕事できないんだろうな」などとちょっと苛立っていて、僕も「ホントですねえ〜」などと平然と言っていたが、アレはたぶん、僕のコーヒーだったのだ。二つコーヒーが来たときに、僕がすばやく自分の分を奪い取ったので、小牟田さんが割を食っただけである。ごめんなさい!

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こフイナムはメンバーの更新シーズンは終了しております! シメのため、基本的に僕だけチョロチョロと書いていきます。サッカーのアディショナル・タイムみたいな感じでっす! http://www.shibuyachokkaku.com

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